タヌキに化かされた?
25,6年前の事だったと思う。
当時渓流釣りに熱を上げていた僕はよく連休を使って富山県境の有峰湖に通った。
この日も朝一で大多和ゲートを抜け、折立登山口から真川を遡行した。
ここと思ったポイントに毛針を打ち込むと そこそこのイワナが出てきて楽しい遡行であった。
夕方、車まで戻ってくると、白いワンピースの女性が何をするわけでもなく木陰から渓流を眺めている。
周りには僕の車以外に駐車はなかったので不思議に思い声をかけた。
僕「一人でみえたんですか?」
女「いえ、連れが戻るのを待っているんです」
僕「そうですか、こんなところで山登りの格好でも無い女性にお会いするとは思いませんでした、お連れさんは山登りですか?」
女「ええ、でも今日帰ってくるのかしら?うふふ」
帰ってこないかもしれないのに、この時間、此処に居るというのはどういうつもりなのだろう?
一番近くの有峰ビジターセンターまで5キロほど、歩いて向かえば当然日暮れには間に合わない。
第一、彼女のいでたちがこんな山間部を何キロも歩くにはあまりにも不自然なのだ。
不思議に思いながらも、喉が渇いていたので車に戻って飲み物を取り出した。
一人で飲むのも気が引けるのでバナナを彼女に持って行き、一緒に座って渓流を眺めながら一服する。
僕「あの、周りに車が見当たらないけど帰るあてはあるんですか?」
女「ええ、心配しないで下さい、私は なんとでもなるので」
彼女は受け取ったバナナを食べるわけでもなく、両手のひらで遊ばせながらにこにこと目の前の流れを楽しんでいる。
そう言いきられるとビジターセンターまで送るとも言えず、僕は腰を上げた。
僕「じゃ、僕は行きますから、気をつけて」
女「はい、楽しかったわ、バナナありがとう」
そう言って折立登山口をあとにした。
翌朝は朝一で折立の放水口を釣るつもりだったので、ビジターセンター近くのゲート前で車中泊だ。
とっぷり日は暮れて夕食が済んでも、登って行く者、折立登山口から戻ってくる者は皆無だった。富山に下りるにしても岐阜に下りるにしても、絶対此処の前を通過する筈なのだが・・・?
寝ようかと思ったが、真川で見た女性が気になって寝つけない。
エンジンをかけ真川まで戻ってみた。
当然の事ながら彼女はいない、静寂の中で渓流がサラサラと流れるだけであった。
ヘッドランプを点け、二人で腰を降ろしたあたりまで行ってみる。
確かこの辺りだった筈だが・・・?
あっ!
そこにはバナナの皮がポイと捨てられていた、そして隣にはタヌキと思われる糞があったのだ。
ああそうだったのか!一人で納得してきびすを返した瞬間、茂みの中で獣の目が二つキラリと光った。
折立ゲート前に戻り、笑いがこみあげて来た。
あはは!タヌキに化かされたか!話には聞いていたが本当にそんな事があるんだな。
何の痕跡も無いほうが薄気味悪い。
タヌキが白いワンピース姿に化ける様子を思いうかべながら眠りについた。