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『川の弾丸』 鉛筆画  カナダの旅 スティールヘッド編 6

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『川の弾丸』 鉛筆画 F3 カナダの旅 スティールヘッド編 6

通常サケの類は川で生まれ、海に降りて数年を過ごし成魚となって川に遡上、産卵し一生を終える。スティールヘッドと呼ばれる降海型ニジマスも川で生まれ海に下り10ポンド前後で成魚となり川に戻って産卵するが、死なずにまた海に戻る。それを何回繰り返すことが出来るのか?詳しい事は判っていないが、20ポンドを越えたスティールヘッドのほとんどはその年の産卵で一生を終えるらしいというのが現在の定説である。世界の釣り人を魅了するスティールヘッドの凄まじい力と美しい姿は、産卵して尚海に戻るという稀な生態が成せる業だろう。一度針に掛かれば、美しい流線型が生み出すスピードと、桁外れの体力で逃れようとする。正に”川の弾丸”という呼び名がふさわしい。




大物がヒットしてから5分が経過した。9番ロッドをバットから曲げ、ずっとプレッシャーを与えているのに、相手は最初に逃げ込んだ流芯からまったく動かない。ロッドを支えている左腕が痺れてきたので、右に持ち替える。これが魚の力か?釣りというよりは人間同士の綱引きのようである。なんとかして流芯に潜ったきりの相手にダメージを与えなければ・・・左腕の感覚が戻ったところでロッドを持ち直し、竿先を水面近くまで倒してみた。これで竿から魚までのライン約30mがまともに流れの圧力を受け、かなりの浮力が生じる筈だ。しばらくその体勢でこらえていると、相手はたまらず水面を割ってジャンプした!うはー!完全にメーター級の大物だ!「うおぉー!」藤野さんが吠える。ジリッ、ジリッ、ジリッ!相手の動きに合わせて少しずつ糸を送り出すしかない。50m下がった流芯でまたしても潜ってしまった。糸は300m巻いてあるので問題無いが、このまま下られて次の瀬に入ってしまうのは避けたい。こちら岸は瀬尻に茂みがあり、すんなりとは通り抜けられそうにないのだ。しばらく思案していたゴードさんが「ボートで向こう岸に渡ろう」と言った。僕も賛成である。向こう岸なら下流に広くて緩い浅瀬があるので相手を寄せやすいし、万一次ぎの瀬に下られても追いかけて行けそうな地形なのだ。ボートに乗り移ると、奇妙な動きを察知したのか、相手は再び猛烈な横走りを始めた。これ以上ラインを引き出されないよう必死でこらえているのだが、ジリジリとラインを持って行かれる。ボートから降りた時には100m近く糸を出されていた。

ヒットしてから15分が過ぎた。ボート移動は正解だった。水圧を利用できなくなった相手は浅瀬を横に走るしかない、走ったらラインを出し、止まったらラインをゆっくり巻き取る。そんなやりとりを繰り返しながら徐々に間を詰めて行く。ゴードさんが身を低くしながらウェーディングし、相手の沖側に回り込もうとするが、なかなか、なかなか。何処にこんな力が残っていたのか!?30m近くまで巻き取ったラインをあっという間に70m近く引き出されてしまった・・・なんてタフな魚なんだろう・・・こちらは両手とももう握力があまり残ってないというのに・・・針はしっかり刺さっているらしが、相手の傷口が開いてしまい針が外れる場合もある・・・あまり時間を掛け過ぎるのも得策では無いな・・・。竿が折れたって本望だ、リールと竿の真ん中を持ち、強引に寄せる。15mまで寄せたところで、今度は自分が歩いて下がる。白樺林にお尻を突っ込んだ状態で、ゴードさんのハンドランディングを見守る。

やったぜ!

22ポンド、97cm。川の弾丸は薄紫ともピンクともつかぬ輝きを放ち、静かに呼吸している。ペンチで毛鉤を外し、両手で体を静かに支えてやる。ヒットして25分、もし次のポイントでおまえと同じような相手ともう一度戦えと言われても、僕にはもうそんな体力も気力も残っていないよ。そんな事を考えていると、体力の回復したスティールヘッドはスーッと流芯に戻って行った。見送った僕の体には、真夏の太陽が沈んだ後に出来る鈍くて重い残照を見ているような感覚で満ち、アスペンの葉を落とす風が心地良かった。ゴードさんが「記念の儀式だよ」静かに言いながら、クシャクシャになった紫マラブーを僕の帽子に刺し込んだ。


今日は遠出したのでロッジに帰り着く時間がずいぶん遅くなってしまった。僕も藤野さんも熱いシャワーを十分浴び、ゆったりした気持ちでレストランに向かった。もう吐く息が白い。レストランはいつになく大勢のガイド連中でごったがえしていた。食事を注文している間も、食べている間も、知らないガイドが次から次へとやって来ては今日の大物の感触について根掘り葉掘り聞いて行く。そんなに大それた事をしたのか?初体験なので判らなかったが、ゴードさんがやって来てようやく意味が判った。今日、キスピオック地区で上げられたスティールヘッドは、さきほどの一匹のみ。そして20ポンドを越える大物はしばらく出ていなかったそうである、おまけに22ポンドはこの川の日本人記録なのだそうだ。

レストランでお絞りを使うまで全く気がつかなかったのだが、右の手のひらにはスプールの摩擦で出来た火傷が二筋入っていた。
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